リウマチ相談室のブログ~手のひら先生の独り言~

手のひら先生が鍼治療を通して思う、つれづれなるよしなしごとをお話します

鍼灸師とグルメ

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチ相談室ブログ〜手のひら先生の独り言〜」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。また毎日の治療については「手のひら先生の治療日誌」を、そのほか「リウマチの広場(by 手のひら先生)」も作成しておりますので、こちらもよろしくお願いいたします。

鍼灸師とグルメ

フードライターなる食べ散らかしの職業ではないので、決してグルメではありません。勿論おいしいものを食べるのは、この上ない楽しみです。
鍼灸学校に行き始めた時確か「dancyu」と言う雑誌を読んでいてある記事に目が留まりました。

地方の有名フランスレストラン・シェフの修行時代の話でした。

隣の店の中国人のりんごの皮むきの技術がどうしても分からない。そこで毎日のように彼を飲み屋に誘いご馳走をした。とうとう溜めていた貯金も底を尽きそうになってやっと教えてもらった。

知ってみれば「何だこんなに簡単なことだったのか」と言うものも、知るまではさっぱり分からない。

技術の伝承と言うのはそういう事で、技術を盗むということもまた難しいことなのだと、読みながら感心しました。

また彼は同時にこのようなことも言っていたと思います。

技術は最初に付いた師匠のものが手についてしまうので、そこのところは慎重にしなければならない。そのような趣旨でした。

そこで授業中に何人かの先生にこの質問をぶつけたのですが、誰一人としてこのことについては考えたことがないようでした。

最も私の行っていた東洋鍼灸専門学校は、大正昭和の時代鍼灸界を牽引していた柳谷素霊の創設した学校だったので、このような疑問も抱かなかったかも知れません。

しかし私はこのシェフの言葉を考えて「おそらく私には弟子入りは向かないと思いました」誰かの技術に束縛されたくなかったし、おそらく弟子入りではトラブルが生じると思ったからです。

そういう意味では「高麗手指鍼」を学び「手のひら先生の高麗手指鍼」と言えるようになったのは幸いです。

さてシェフも板前も職人です。技術を売る商売です。

マチュアと違って、職人はいつも同じペースで仕事をしなくてはなりません。

先日行ったすし屋での会話です。そこはほとんど板前とお客の会話はしません。店の方針が「お客が自分達の会話を楽しむ場を提供する」ことにあるからです。私もそれが好きでたまに行きます。池波正太郎のひいきの店でもあります。

すし屋に行くとさもそれが当然のごとく「どこからいらっしゃったのですか」とか「お仕事は」とか、こちらは鮨を食いに来てるのであって、あんたと御友達になりに来たんじゃないと思うので、腹が立つことがあるのでこの頃はよそには行かなくなりました。

さすがに不況なのでその時間帯でもカウンターのお客は、私たった一人でした。

「お客少ないですね」「この時間帯でこのようじゃしょうがないですよ。それに最近銀座も鮨屋がやたらと増えましてね」

私は銀座に来る時はお宅のところだけだけれど。「ありがとうございます」

この時とばかり日頃の疑問を言ってみました。「ところで日々違う生ものを扱って、同じように仕上げるのは大変じゃないですか」
彼は「大変ですね。季節ごとにまた日ごとに入ってくる魚は違うので、毎日気を使います」と答えました。

私たちも日々様々な病気の患者さんがいらっしゃいます。同じ病気でも来る毎に体調も病状も当然変化するわけです。流れ作業の病院のようには行きません。治療方法も少しづつ変えることもあります。この作業はまさに職人です。


一所懸命行なっておいしいものを作り出す。鍼灸師も同じです。

ですから高い不味いものに出会うととても腹が立ちます。また工夫もしないで毎日を送る店にも怒りがこみ上げてきます。


自戒の意味も込めて、どこか美味い店がないかと探しているのです。とか言って単に食い意地がはっているだけだったりして。