リウマチ相談室のブログ~手のひら先生の独り言~

手のひら先生が鍼治療を通して思う、つれづれなるよしなしごとをお話します

鍼灸師はつらいよ 5

鍼灸学校では「糖尿病は治療してはいけない」と聞いていました。免疫力が低下しているので、お灸をすると膿んでしまう鍼をすると腐ってしまうと言われていました。そんなことはない何か良い方法があるはずだと思っていたら、高麗手指鍼はそれに有効で工夫を加えたら、完治させ得る事が分かったのです。
弟子入り出来ないとしたら、セミナーはどうなのでしょうか。学生時代2年生になったらセミナーに参加しようと考えていました。なぜ学生時代からそう考えたのかというと、年のせいもあるのかでしょうか、何しろ40歳の1年生だったのですから。ある目標を設定して入学したのに、この授業では達成できないと漠然と考えたからです。しかし先生に「良いセミナーを教えてください」と聞いても、何しろ昭和の鍼灸界を引っ張ってきた柳谷素霊の弟子ばかりですから「学校で学んでいればそれで十分です」との答えしかかえって来ません。昔は学校即最先端の学び舎であったものが、今やそうではくなっていたと思います。それを敏感に感じていたのかも知れません。
もっともこれは私だけ威張れることではなく、歴代の先輩方は皆これに近いことを経験されていたようです。セミナーや実際アルバイトで現場を経験したそうです。だから我が「東洋鍼灸専門学校」にはジンクスというものがあり、それは「優等生で賞をもらったものは開業できない」と言うものでした。ですから東洋鍼灸の生徒はすぐ使えると言う評判がありました。われわれのちょっと前までの話のようですが。でも皆熱心に実地研修は努力していたように思います。
2年生最初の学校外でのセミナーは、鍼の基本技術を教えるところでした。最初の日から「こりゃ間違って入ってきてしまった。それこそ旬のお笑い芸人小島よしおじゃないけれど、へたコイター」でした。何しろ東洋鍼灸生は鍼がうまいと言う評判がありました。私も下手とは思っていませんでしたが、もっと上手くなりたい一心で参加したのでした。でもそこはまったく鍼が刺せない者が参加する場所でした。「2年生ですが、相方が痛いと言って鍼を刺させてくれないのです」と言うような生徒が集まるところでした。「君はどこの生徒だ」と聞かれて「東洋鍼灸です」と答えると、先生が「東洋鍼灸からは君が初めてだよ」と言われてしまいました。
でもどんなくだらない、参加してへたコイターと言うようなセミナーでも、1年もいれば何か良いヒントになるようなことは学べるものです。反面教師的なこともありますが、今まで分からなかった刺鍼技術を、自ら学び人にも分析してやれる、そのヒントをもらいました。
学校では鍼を刺す技術を、切皮、弾入と分けて教えます。でも「こんな風にするんだよ」と目に見せられても、動きと言うものは分析して教えてもらわなければ、実際簡単には会得できないのです。
箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ
おほ海の磯もとどろによする浪われてくだけてさけてちるかも
私の好きな源実朝の歌ですが、良く分析的な歌と言われています。プロ野球界にも「月に向かって打てとか」「長嶋監督の、バーっと打つ」など感覚的な名言が残っていますが、運動を教えると言う限界はあるにしても、極力分析しなければ鍼灸文化あは伝承していきません。
もし鍼灸学校の学生さんが読まれていたなら、刺鍼技術の極意をお教えいたしましょう。もっとも経絡治療家と言われている方たちにとっては、ごく普通の技術ですがこれを分析して教えられる教師はほとんどいないのです。身体の動きを分析して教えられるレベルの人間がいないと言うことです。
ちょっと脱線して昔のことですが、30手前でテニスを習うことになりました。その頃はビヨン・」ボルグやジョン・マッケンロージミー・コナーズが全盛期でした。ボルグが流行らせたトップスピンはまだ珍しく、その打法はまだなぞでした。その打法を解説した本がありました。飛んできたボールをラケットでこすり上げる、すると落ちるカーブが描かれて相手コートの端に落ちるのだ。こう真面目に書いてありました。一般人でも100キロ以上に跳んで来る来るボールを、まさに当たる瞬間らけっとの面を下から上へこすり上げる。そんな神業みたいなこと、考えても出来るわけありません。その後テニスクラブで教えてもらったのは、後ろ斜め腰の下からラケットを振り出し、左肩斜め上方に振りぬけば、トップスピンはかかる、と言うものでした。
鍼管という管に鍼を入れます。鍼は少し長いので鍼の柄が少し出ます。そこを人指し指ではじき、皮一枚を破るのです。これが切皮という技術です。皮を一枚上手に切るとどういうことができるのか。人間の身体表面はマイナス、身体の中はプラスの電気が流れています。皮を切ることでプラスからマイナスに電流が流れると同時に痛みを感じるのです。特に症状があるとか、怪我や凝りがあるとそこは電気的にアンバランスで、プラス電流が過剰に集まっていて、鍼によって一気にそれが解消するとき激しい痛みが起こる。とされているのです。切皮を技術を持って行うと、過剰な電流が流れるのを防げるので、痛みを起こさせることはないと説明されているのです。
学校で習ったのは、人差し指で鍼の柄、鍼柄をはじく時中指と滑らすようにして行えということだけでした。しかしこれでは力の入り加減で強くも弱くもなり、常に一定の力ではじくことは無理です。どうにかしてこれを乗り越えられないかと考えたのでした。セミナーではびっくりするようなことを習いました。指先と肘を水平にする、それを保ったまま下ろしてくる、鍼柄に近づきぶつかる寸前今度はそれを引き上げる、まさにその瞬間を狙って人指指をはじくのである。人指ゆびはこれをはじくのではなく、中指を下から強くそらすことで、人指ゆびがはじき出されるのだ。
人指しゆびの動きは理解できました。来る日も来る日も、中指をはじき人指しゆびをはじく動作を繰り返しました。こちらはどうにか進歩しましたが、指から肘までの動作はいかんせんトップスピンの掛け方のようで、まったく理解できません。指の練習と肘からの動きを毎日あきもせず行っていました。しかしあるとき「まてよ、肘と手首の真ん中を支点にしてシーソーのようにすれば、肘を下げる瞬間に中指をはじき、人指ゆびで鍼を叩けば良いとひらめきました」おれは天才だと6ヶ月ほどは密かに思っていました。
卒業して「篠原孝市」師の漢文のセミナーに参加した初日、学生が多いと言うことで「今日は鍼の刺し方を教える」といって、まさにこれをすべて解説してくれたのでした。何だ一般的ではないにしても、良く知られた技術だったんだ。天才じゃないな俺はと思った瞬間でした。
しかし、一本指で鍼の頭をたたくと言う技術ともいえないようなことを教えている学校は、未だに多いと聞きました。情けないことです。私のように患者さんと相対で鍼を刺すのに、一本指のトンカチで鍼をたたくなんて、大工の玄さんさんじゃあるまいし。ところがもう亡くなってしまったのですが、高名な鍼灸師の二代目が母校の文化祭に招かれ、実技をしたときこれを見てしまったのです。えらそうな能書きもこれでいっぺんにすっ飛んでしまいました。「あっツ、トンカチだ}
患者さんで学校に通われている方にこの技術を教えました。どうやら鍼の刺し方教えてもらっていないようです。これじゃ鍼灸育っていかないでしょうね。
セミナーは一回で終わってしまいます。次々渡り歩くセミナー漂流難民みたいな方を見たことがあります。そのような方が何人かいるとこんな話が交わされています。「次はどのセミナーに行くんですか。今度は何々先生にするよ。あの先生は天才だよ。」でも今まで天才はを見たことがありません。その先生も後にお会いしましたが、只の親父さんでした。この漂流難民になると厄介です。「彼はさー、フランス語もしゃべれるしすごいんだ。いっぱいセミナーもうけてるしね」でもこの人は鍼灸師には一生なれないはずです。前から行っているとおり、鍼灸はごく個人的な体験なのですから、自ら治療を始めて見なければ始まらないのです。スタートはそこからです。
セミナーは基礎技術を習うことには大変重要です。現代ではこれが一番マッチしている勉強の場かもしれません。しかしそれから抜け出すには個人個人また工夫が必要ではないでしょうか。この前友人に聞いた話では「その名人の治療を知りたくて。患者として3年間毎周通ったよ。3年したら先生が君はもう十分だから、どこどこで開業しなさいと言ってくれた。先生は分かるんだね」セミナーのほかにこのような工夫をされて、一流の鍼灸師になってる方もいます。
名人の個人的な体験となる鍼灸技術を、自らの個人的な体験の中に取り入れるか、そこに腐心すればおのずと道は開けていくのではないでしょうか。がんばれ鍼灸師の卵たち。