リウマチ相談室のブログ~手のひら先生の独り言~

手のひら先生が鍼治療を通して思う、つれづれなるよしなしごとをお話します

手のひら先生の高麗手指鍼講座の準備 その5

患者さんから「先生はどなたから習ったのですか」「韓国で習ったのですか」と聞かれることがあります。

私は「日本にいらっしゃった韓国人で、金成万先生に習いました。でも基本的なことのみしか教えてもらっていません」「今の技術は自分で開発したものです」こう答えています。

先生には韓国まで行かないで日本で高麗手指鍼を学べたことに感謝していますが、先生は一人前の鍼灸師が増えることはそれほど望んではいなかったのではないでしょうか。

医師である場合は、研究成果を何らかの形で発表すれば、それは自分の価値を高めることになります。鍼灸師の場合はどうでしょうか。先達のほとんどの方は、鍼の秘密をすべて公開はしていないはずです。教えることが自らのメリットにはならないのがこの世界だからです。

学生時代聞いた話ですが、セミナーで教えていることと実際の治療は違っている鍼灸師の方が居たそうです。

従業員として雇ったのに、技術を教えた途端辞めてしまう。これから手助けをしてもらおうとしていたのに、全くその努力が無駄になてしまう。これでは給料払って技術を教える気にはならないでしょう。

20年ほどの前のセミナーは、費用も安く年間6万円程度でした。今はかなり高価になっているのではないでしょうか。教える代わりに割り切ってという意味もあるのではないでしょうか。

伝統的な鍼を行おうとすれば、弟子入りの方が上達は早いはずです。脈を診るとかつぼを探すとか、つぼをどのように操作するかなどは、直接手ほどきを受けないと分からないことです。感覚を知るということは、その容易な関係がないと学べないのです。大勢の生徒の一人では個人授業は難しいのです。

ある診断技術のセミナーに参加したときのことです。各グループに分かれて実技を行ったときです。そのグループを指導してくれる方と、もうベテランでその時に参加した方との診断結果が異なることがありました。感覚の問題なので、このようなときは困ります。おまけにグループ長より、このベテラン氏の方がこのセミナーではキャリアが長いようなのです。これから1年続くセミナーで、グループ長から指導を受ける立場にある我々は、困った場面に遭遇したことでした。

知る限り経済学でも心理学でも、何々学派などの歴史を見ると、必ず分裂していくのがなぜかならいです。自然の摂理であるのでしょう。

もし私が弟子入りをしたなら、きっと先生とは意見が合わなくなる時があると思っていました。それで初めから弟子入りはしないことにしたのです。しかし私にとって幸いだったのは、開業前後に高麗手指鍼を学べたことでした。

弟子入りで学ばなければならない、つぼの探し方は必要ないからです。決まった位置にあるので、治療に伴って変化するつぼを探さなくても良いのです。

脈診の基礎はすでにその大家に個人教授を短期ではありますが受けているので必要ありませんでした。

後はいかにしてつぼを運用するか、今まで対処できていない病名に新処方を考えられるか、また新しい技術を生み出せるか。これがすべてで有ろうと思っていたのですが、今までほぼそのようになっています。
韓国では資格制度のこともあり、残念ながら新風を吹き込むようなことがなかったようです。

まだまだこの鍼の限界は見えていないので、研究すればするほど新しい力が見つけられます。旧来の延長には光は見えてきていません。