リウマチ相談室のブログ~手のひら先生の独り言~

手のひら先生が鍼治療を通して思う、つれづれなるよしなしごとをお話します

鍼灸院と整骨院 1

今年は経済状況も良くないと予測されています。このような時に生き残りも踏まえて、様々なことを考えます。昔まだ私が開業もない頃、ある患者さんに「患者数が伸びないとこぼすと」こんな答えが返ってきました。「君、しっかりとした技術を持っていれば、世間はきっとほっとかないよ」と。今になるとその答えは本当だったなと、実感しています。そんな中、地元の整骨院の先生と知り合いになり、このことを再確認した次第です。
鍼灸院と整骨院について、今まで見聞きした違いについて考えて見ます。私は40歳で鍼灸学校の夜間部に入りました。余りこの世界を知らないで入学しましたので、鍼灸師と柔整師の詳しい区別も知りませんでした。ただし整骨院を経営すると保険が使えるので、相当な収入が得られると言うことは知っていました。そのため鍼灸学校でさえ20倍近くの受験倍率がありましたが、柔整学校に入学するにはもっと倍率が高い上に、コネとコネに払うお金が必要なため、倍の入学金とが必要であると聞いていました。ところが同級生に柔整師の資格をもったものがいました。柔整師の資格で整骨院を開けば、十分に儲かるのに?不思議に思っていました。
柔整師はその昔「骨接ぎ」と言われていました。まだ中学生か高校生の頃の思い出ですが、王選手がデッドボールを受けて肋骨にひびはいったことがありました。連続試合出場が
かかっていた時で、次の試合に出られるか否か新聞種になっていました。しかし王選手は見事次の日に出場したのです。それはその当時ジャイアンツと契約していた、吉田整骨院の先生が、テープ一本張って出場可能にしたそうなのです。
私の患者さんで90歳を超える方がいらしていた時に聞いた話です。父親が屋根から落下して、村人に戸板で担がれて小金井市から目白まで行ったそうです。どのくらいの距離でしょうか、30キロから50キロぐらいあるのではないでしょうか。帰りには一人で歩いて帰って来たそうです。また地元の整骨院の先生も、先代の評判はすばらしいものがあります。皆さん独自の技術をお持ちだったようです。